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医学生の謎 第2週

 大学の一年生で一番大変なのは、まず『お酒を飲む』こと。特に体育会系の部活動に入った男の子は大変です。イッキ飲みは危険なのでやらなくてもいいのですが、呑めるだけ限界まで呑まなくてはなりません。

 部活動の新入生歓迎の時など、まだまだ初心でお酒を知らなかったオトコノコにお酒を飲ませるわけですから、当然のように屍累々……。そんな中で平気な顔をして介抱して回っていたのは私;――女の子は飲まされないということもあるのですが、単純に酒が強かったんです; しかし、そのことが今後の私の人生に一つの方向性を与えてしまいます。
 同学年のオトコノコの介抱をし、嘔吐した口をお絞りで拭ってやり、冷たい水などをあてがってやった時のことでした。彼は小さく
「おかぁさんみたい……(はぁと)」
 ――硬直;
 確かに私は1浪だが、現役のアンタとは1つ違いだゾ。――というか、君、マ●コン!?
 それ以降、私の呑み会の時の役割は『ホステス&オフクロサン』になりました。

 そして次に大変なのは試験週間。
 前後期の2期制の学校だったので、まるまる1週間の試験週間が2回襲ってきます。連日の試験で及第点を取りつづけていればいいのですが、赤点を取ると追試験。それも試験週間直後に行われる(早くしないと点数をつけるのが終わらない)ので、赤点が多いと死ぬ目にあいます。
 しかし、まだまだ一般教養。なかには出席だけ取っていれば赤点なしの科目や、出席すらしていなくてもレポートを出せば終わる科目、試験自体に全く意味がない科目なんていうのもあります。

 試験をしているのに何故意味がないのか。それは試験監督が素晴らしくユニークだからです。

 試験当日、その先生は試験問題を配った後、仰々しく教壇に立ち私達に言われました。
「皆さん、試験というものは自分の力を正当に評価するものです。不正を行ってはいけません。わたしは試験時間中ずっと見ていますからね」
 まぁ、いまどきカンニングも流行らないわよね、と思いながら教室の後方に歩いていく彼を見つめ、とりあえず問題に取り掛かりました。
 私は一番後ろの一番端の席に居ました。ちょっと顔を斜めに向けると彼の姿が目に入ります。ふと、違和感を覚えて私は彼を見つめました。
 視線の先で彼はずっと教室の後方に広がる何もない芝生を見つめていました。
 彼はどういう意味で教壇であの言葉を言ったのか、私には未だに分りません。いや、きっと分らなくていいでしょう。なぜなら、過去に彼が作った問題がそれを雄弁に物語っています。

 彼は英語の教師でした。問題文にはシェークスピアのハムレットの一部が使われていました。一部分に傍線がしてあり、その部分に対する問題はこうです。『この場面は、第何幕でしたか』――これ、すくなくとも正当に英語の能力が評価できるとは思えないんですが……。私には汲み取れない意図を持った教師、それが彼でございました。

 さて、医学部というのはどちらかというと理系に分類されますから(理科の選択科目で受験するし、微分積分もあるしね)実験というものもございます。

 初めて白衣を着用しての実習になります。なんとなく白衣を着ると嬉しいし、「理系の学生しています」という気分になるので、この時期は無意味に白衣でうろつく輩が増えます。ノリがきいてそうな実験用白衣でルンルンで歩いている姿は冷静になってみると幼くて滑稽ですが、本人たちはイッチョマエのつもりで歩き回っているのです。

 化学実験は二人組みで行われます。全員で同じ実験をやるのではなく、いくつかの実験を日替わりでやっていきます。しかも、『学年で仲良くなるように』というなんだか可愛らしい趣旨で、毎回パートナーが替わります。内容はどうってことない普通の化学の実験ですが、周囲に下水道が整備されていない田舎だったので、田畑に流れ出てはいけない薬品と大丈夫な薬品とを分けて廃液処理しなくてはなりません。流せない廃液は天日によって余分な水分を蒸発させた後、業者さんが来てくれます。

 当然のように、そういう廃液の処理を間違う人が居ます。学年に1人居るのは普通です。彼はある時は試験管を割り、ある時は廃液処理を間違い、ある時は実験の手順を間違えました。私とパートナーになる前までの戦歴は全戦全敗(何かどこかで失敗している)。
 私は彼に宣言しました。

「実験する事で慌てちゃって、今まで実験中身を考える時間がなかったでしょう? だから、私が言う実験結果をこのノートに書いてくれるだけで、他は何もしなくていいから。とにかくノートとエンピツ以外に触らないでくれる?」

 実験は滞りなく終了し、彼は初めての白星をあげました。

 私は実験好きの女でございましたので、実験は得意でした。早く正確に実験を終わらせるのが私のモットーでしたし、事実、素早く終わらせてとっとと遊んでいました。その日も私は滞りなく準備をし、分液漏斗を振っておりました。ふと、背後に人影を感じました。
「お、順調に進んでいますね」
 化学の教授です。いかつい顔をしておられますが、笑った時のはにかんだ顔が可愛らしく、口煩いが採点は甘いというのが先輩から教えられた彼の特徴でした。

「そう、分液漏斗はこう持つんです」
 彼は突然背後から手を伸ばし、私を抱きかかえるようにして分液漏斗を握り締めるという暴挙に出ました。数回、私の手を握り締めたまま漏斗を振り、にっこり笑って彼は去っていかれました。その様子の一部始終を見ていた友人Aは、後にこう語っています。
 ――ありゃぁ、どう考えても手を握りたかったとしか思えんね。でも、まさか背後から抱きかかえるとは、冒険だよな。っていうか、俺も隙があるならやりてぇ。(……私にも相手を選ばせろ;)

 そんなわけで、もちろん、化学実験の単位は『優』でございました。「実力で取ったのよ」と言いたい所ですが、手を握らせたのが駄目押しの追加点となったことを否定することが出来ないので、皆からは体の全てを使って実験をする女だと、一時期言われておりました。

 そして白衣が適度に汚れてくたびれてくる頃、ようやく2年に進級し、基礎医学の勉強が始まるのです。

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