ヒトラー ―最期の12日間―

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 昨日から本日にかけて、「ヒトラー ~最期の12日間~」を観てまいりました。
 2時間半の長さを感じさせない映画でした。

 映画関連サイトでこの映画の紹介を見たとき、そのあまりの簡素さに逆に興味を惹かれてしまったのです。(なにしろ、ほとんど、映画のタイトルと同じ程度の内容でしたから) 7月から公開が始まっているのですが、行きやすい場所にある映画館での公開が昨日からだったので、旦那と二人で日を跨ぐ形でレイトに行ってまいりました。

 感想という感想をまだ言葉に出来ない感じなのですが、映画の最中ではなく、エンドロールを眺めながら急に涙が出そうになりました。日を跨ぐ形のレイトだったので、エンドロールに入った途端に帰り支度を始められる方々もいらっしゃるのですが、その人たちが沈黙のまま列をなして歩き去っていくそのシルエットが、まるで葬送の列のように思えてしまって。
 背景に戦争が描かれ、物語の中心となる人たちが戦争を担っている人たちであり、しかも、そのうちの一人があの『ヒトラー』ということで、当然、批判的な意見や感想も出てくるのかもしれませんが、批判とか賞賛とか、そういったものとは無縁であるような感覚しか私の中に湧いてきませんでした。この行動は正しいとか、この発現は正しくないとか、そういう意味を持たせた映画じゃないのではないかと。善と悪のドラマで物事を理解しようとしてしまおうとする安易な判断基準を、無意識のうちに批判させられてしまうような映画だなと思いました。

 猛烈に、大好きなCD『Symphony NO.9 in D Minor, OP.125 "CHORAL"(Cond.:Wilhelm Furtwangler)
』(1951年7月29日、第二次世界大戦後初めてのバイロイト音楽祭の初日に演奏された『合唱』の実況録音版)を聞きたくなりました。
 再確認したいのかもしれません。人は人を殺すけれど人は歌うし、吐き気を催すほど醜悪だけれどもその根源に愛があったりする、そういう生き物なんだなということを。

 願わくば、醜悪な自分の中にも愛がありますように。

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