本日初日の舞台、『蜘蛛女のキス』を見に行ってまいりました。
初日なので、ネタばれは極力少なく努めます。――と言っても、原作がある段階で、ストーリーのネタばれの心配はないのですけど。
『蜘蛛女のキス』の原作は集英社文庫から出ています。
原作:マヌエル・プイグ アルゼンチンの作家で1990年没。
モリーナ:今村ねずみ氏 バレンティン:山口馬木也氏
あらすじ:
刑務所に二人の男が囚われている。一人はセクシャルマイノリティであるモリーナ、もう一人は革命家のバレンティン。モリーナは思想と孤独と自己否定に苦しむバレンティンに夜毎映画の話を聞かせる。正反対の性質と生き方のせいで衝突を続ける二人は、次第に相手を理解し、相手を大切に思うようになる。モリーナの保釈が決まった時、二人はお互いと自分自身のために決断する。
原作は以前から何度か読み返しているものです。全体が二人の会話とモリーナの映画語りで埋め尽くされている異色作です。今回は舞台版ということで、こちらの方は原作とは違って、作中で語られる映画は『黒豹女』のみ――という感じでした。(原作だと、5つ以上映画が出てきますね)
感想:
今村ねずみ氏、とにかく体綺麗ですわ、やっぱり。モリーナはホモセクシャルなので、日常の動きが女性的だったり、映画を語るときにそのシーンを演じて見せたりするのですが、それがまた動きが綺麗で。「あんたは蜘蛛女さ、男を糸で絡め取る」というバレンティンの台詞がすんなり入ってきます。
対する山口馬木也氏も、お尻がキュート……いや、それは置いておいて(笑) 苦悩する青年が次第に相手を大切にしようと思うようになり、モリーナとの関係の中にある性という垣根を超えようとするその心の変化を、魅力的に表現されてました。
初日と言うことで、テンポが「ん?」というところがあったり、台詞が噛んだりしているのはありましたが、とにかく、セクシーだった。体を繋ぐシーン(舞台なので1回ですけど。原作では数回ありますが)も最後のキスシーンも、セクシーだったし、綺麗でした。
ここ以下は、私の原作に対するちょっと独善的な解釈含みですし、原作の結末も語ってしまっているので、反転 初めて原作を読んだのは高校生くらいのときだったので、『二人の心は結ばれたんだ』と信じていて、最後のバレンティンのモノローグの部分で愛する女マルタの位置にモリーナが立っていると思っていたんですが、他のプイグの著書などを齧ってみたり、自分がより成長して実際に家庭を持ったりしてみて、今ではそうではないからこの作品に心惹かれたんだと思い直しました。
男女間の搾取関係を嫌うバレンティンは、モリーナからの食物と日々の世話を拒否しながらも受け入れるしかなく、与えられるものが自分の肉体しかない状態でモリーナがそれを求めたので与えたんだろうなと。そこにあったのは愛ではなくて、孤独と誤解と体を繋ぐことを良しとできるだけの友愛と共存だったのではないのかなと。最後のキスのシーンで、「搾取されてはいけない」とバレンティンは言いますが、モリーナはおそらく生まれてから死ぬまで搾取される側(というよりも、自分の身を削って与えることが最大の喜び)であり続け、政治的に目覚めたからではなく映画のヒロインのように悲劇的に美しく死ぬために革命組織と連絡を取ったのでしょうし、バレンティンもまた仲間と連絡をとってあげると言うモリーナの言葉に危険を承知で(モリーナの本当の願いが「ずっと一緒に居られればそれでいい」というものだということを知っているにも関わらず)仲間の情報を伝え、最後のモルヒネの夢の中でもモリーナの名ではなく、愛する女マルタの名を呼びます。
ずっと背中合わせで語り合っていたような、そんな悲劇。
でも、それが日常の情景のような気がします。だから、この作品を何度も読み返してしまうんですよね。

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