10月に、ポゴレリッチのピアノリサイタルに行ったのですが、その時の感想が書いている記事をまとめていらっしゃるブログをトラバ経由で発見。いろいろな方の感想を眺めると、なんだか、嬉しくなってしまうのはなんでなんでしょう?
共感とは異なると思うんですけど、どこか独り善がりな連帯感というか、共有感? の方がニュアンス的にあってるかもしれないんですが、そういった感情を覚えます。あぁ、この人もあの時同じ大きなホールの中で同じ音を聞いて同じピアノ観てたんだー、みたいな(笑)
せっかくなので、ようやく混乱に似た感動から離れてあの時の事を思い出しみようかなと思います。
最初に感じたのは、混乱だったんですよね。元々ポゴレリッチのCDは持っていて、日常的によく聞いていたピアノの音とは異なった音で奏でられる予想はしていたんですけど、思ったことをそのまま言葉にすると、『こんな音知らない。こんな音ピアノじゃない』という感じでしょうか。昔、ヴァイオリンの音が声のように聞こえていて、それで苦手だった時期があるんですが、それに似ているかもしれません。
先の感想に一種の『崩壊』が聞こえる音だったと書いたんですけど、その気持ちはやっぱり変わっていません。実は、休憩時間中に今までのささやかな人生の中にあった苦しかった事を思い出していたりしたのは、内緒の方向で(笑) ただ、ぼんやりと思い出しました。責められるようにとかそういうマイナスベクトルの感情じゃなくて、あぁあの時大変だったよなー私、くらいで。フラッシュバックまではいかない感じで。ただ、今よりもっと若い時期にあの音に直に触れていたら、もしかしたら耐えられなかったかもと思います。そういう音でした。
ちょうど父上が家に来ているときに開催されたので、翌日の夕食の時にその時の感想などを求められてたんですけど、いろいろと話していたら、一言「絵や文章は、その時の感情とか精神の有様を非常に本質に似た形で時代を経ても眺められるけれど、音楽はどんなにそのままCDになったって『その時』『その場』に居ないと感じ取れないから、君はとてもすばらしい経験をしたんだよ」と言われました。
――父、クラシック音痴なんですけどね(笑) クラシック聴くと、眠くなっちゃう人なんですよ。一番好きなのは昔の愛唱歌、歌声喫茶時代の(笑)
なんだか、嬉しかったかな。クラシック音痴だけど、『音楽を感じる』こと――というよりも『芸術に触れる』と表現した方がいいのかな――の本質をものすごく掴んでいるんだなこの人は、と思って。

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