浮舟
国立能楽堂で『鱸包丁』『浮舟』を鑑賞してまいりました。能に関する解説付で、解説30分、狂言30分、休憩20分、能を80分で、計2時間40分というスケジュール。
解説は、『なげきわび~入水する女人たち』というタイトルだったのですが、病気代打ということで、源氏物語の解説も兼ねた浮舟の解説を中心としたものに変更になっておりました。『浮舟』は源氏物語の宇治十帖から題材をとってありますが、源氏物語をさらっとしか読んだことのない私にとっては、この最初の解説がものすごーくためになりました。……宇治十帖の話の流れなんて、すっかり忘れてましたもの;<なんとなく2人の男性の間で苦しむということだけ覚えてました;
実直で頼り甲斐がある(たぶん)優しい男と、強引で乱暴だが情熱的な男の間で揺れ動く心――というのは、なんというかそそられますね。自分は絶対に揺れ動かないだけに(笑)
まず狂言。鯉を買ってきてねと頼まれていたのに買い忘れ、それを「買ったんだけど、かわうそに食べられた」と嘘をついた甥。言い訳を聞いた叔父は、鱸をご馳走してやるよ、と言って甥をもてなすのだが。――オチは聞いてのお楽しみ、というヤツですね。大好きな野村萬さんと万蔵さんが出演。萬さんのお顔を見ているだけでなんだか楽しいです(笑)
続いて能。旅の僧侶が宇治を訪れ、現れた女に宇治のことを尋ねると、女は宇治に縁の女人、浮舟について語り、自分が物の怪に憑かれていることを仄めかして去っていく。僧侶が女人が住んでいる(浮き舟の後の地でもあった)小野に赴くと、浮舟の亡霊が現れて入水の様子を語る。僧侶が弔うと、浮舟の亡霊は弔いによって心を晴らし、歓喜を舞って去っていく。――前半はとにかく動きが無く(笑)、後半の舞も、他の舞の多い曲と比べると短い能です。地味といえば若干地味かも。
今回のシテの金剛流では『浮舟』は稀にしか上演されないということでした。前シテは動きは少なかったのですが、使われていた面「孫次郎(だったと思います)」がものすごく美しくて、ぼーっと眺めては幸せになっておりました。後シテの面は「増」<高貴な女性や天女に使われたりします 後シテの舞は(とにかく前半に動きが無かったこともあり)美しかったです。あと、お囃子が気持ちよかったです。
能を観にいくと、あまりの謡の声が素晴らしいので、疲れていたりすると眠気を誘われたりするのですが、客席でもそういう方が幾人が見られ、大鼓の方の勢いの良い拍子の際に、一斉にピシッと目を冷まされる様子も、なんというか心に残りました。<なんて下世話な感想(がくり)<前半、とにかく動きが無いので;
ただ、目の前の年配の女性が、眠ってウンウンと寝言のような鼾のような声を出されるのには、なにしろお囃子の隙間などはほとんど無音ですから目立ちますし、少々閉口いたしました;