第二章『星の道標』(7)
マティスは襟元の紐を丹念に結ぶと、深くマントのフードを被る。陰になった目元は暗く、輝くような紫の瞳は翳りを帯び、暗い藍のように沈んだ。
――あんたはたぶん、周囲を容赦なく自分の運命に巻き込んでいく。おいらも、こうして関わっている時点でたぶんあんたの運命に巻き込まれてる。
タオと名乗った少年の言葉は、深くマティスの胸を射た。
マティスは襟元の紐を丹念に結ぶと、深くマントのフードを被る。陰になった目元は暗く、輝くような紫の瞳は翳りを帯び、暗い藍のように沈んだ。
――あんたはたぶん、周囲を容赦なく自分の運命に巻き込んでいく。おいらも、こうして関わっている時点でたぶんあんたの運命に巻き込まれてる。
タオと名乗った少年の言葉は、深くマティスの胸を射た。
「あんた達、いったいこの宿に何の用だい」
不意に扉を蹴り開けた男達の前に、アザラは立ちはだかった。まだ食事時ではないこの時間帯には、いつもはたむろしている男達も居ない。ただ一人、アザラは開け放たれた扉の前に立ち、男達を睨みつけた。男は3人。誰もが顔を歪め、そんなアザラの様子をにやりと人の悪い笑みを浮かべて見返している。
タロンは砂漠に近い。そのため、晴れた日でも風に撒かれた小さな砂塵のせいで、遠い空の青みは霞み、どこか白けた色合いをしている。たが年に数回だけ、おそろしく晴れ渡り、青空が広がることがあった。
「マイアの見合い日――だな」
青い空を見上げて小さくマティスが呟く。
「何を見ている?」
不意に背後からかけられた声に、マティスは驚いたように振り返った。あまり眠れていないのか、目の下に黒々と染み付いたようなクマが痛々しい。
「大丈夫か?」
思わず口をついて出たフォルマティオの言葉に、マティスは小さく笑った。
目の前に横たわる白い物体が、自分が今まで尊敬し敬愛してきたクラウスの姿なのだと、トーマにはどうしても思う事が出来なかった。その白い布の中には自分の切り取られた両腕も入っているはずなのだが、それすら信じられず、逆に今となっては自分の両腕がかつてあったのかどうかさえ、曖昧な記憶のように思われた。
ここ、ルナリアはかつては星見の聖地だった。砂漠の北の端にあり、高い岩山に囲まれた痩せた土地では作物が育たず、生活物資のほとんどを麓のクラヤから運ばれてくるもので賄っていた。まだ現在のエクリア帝国が東方の小国で、盛んに周囲の国を併合していっていた時代に、エクリアの王は星見に政の多くを担わせていた。初めて侵略していく土地についてその気候や特性を占わせ、侵略した土地にはすぐに神殿と星見宿を建設した。その時期にはルナリアから毎年のように多くの星見がエクリアの神殿に売られていった。
紫煙の漂う中、微かに呻き声が響いた。くぐもったそれは、長く苦しげに響き、一瞬の後、ゴトリと何かが床に落ちる音が響いた。
「トーマ……。許せ……」
涙声の小さな囁きが闇に落ちると、一瞬、星の光にキラリとナイフの切っ先が光った。
とにかく小壜は預けると言い残して、グルは店に帰った。せっかくだから女将の料理でも食べていけばいいと言ったのだが、妙な胸騒ぎがしてならないからと言い、グルは足早に背を向けた。いつものようににやりと唇の片端を持ち上げて、この勘だけが自分を助けてきたんだとグルは笑って見せたが、その瞳はけして笑ってはいなかった。
倒れ臥したマイアはマティスの部屋に運び込み、レナはフォルマティオが預かった。
「嫌な噂が広がっている……。これはジルスの情報屋がわざわざ人を使ってまでわしに送って寄越した情報だ……」
グルは苦しげな息を吐いた。そして、傍らから一枚の包みを取り出した。茶色の油紙で包まれたものは小さな濡れたような音を立ててテーブルに置かれた。
その紅い瞳に気がついたのは、グルの店を出てすぐのことだった。確かにフォルマティオの容貌は目立つが、傭兵の行き来も多いこの町では目を引くといっても一時のことで、何度か姿を見ればすぐに、この町の人間はその存在に慣れてしまう。だが、その視線はグルの店を出てからずっと、フォルマティオの背中を見続けている。殺気は感じない。どちらかというと、非常な興味の視線と言ったらいいだろうか。